「指導死」裁判の概要

 2015年(平成27年)5月15日に発生した、府立東住吉総合高校における「指導死」事案について、大阪地裁における裁判概要をまとめています。(裁判所ウェブサイトのまとめ)

 参考全文:平成28(ワ)3126 損害賠償請求事件 (PDF)



主 文
 1.原告らの請求をいずれも棄却する
 2.訴訟費用は,原告らの負担とする。

原告の請求
 1. 被告(大阪府)は,原告A(生徒の祖父)に対し,1200万円及びこれに対する平成27年5月15日(事件発生日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2. 被告は,原告B(生徒の母)に対し,6588万3807円及びこれに対する平成27年5月15日(事件発生日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

事案の概要
本件は,平成27年5月15日(金曜日)に,当時府立東住吉総合高校の生徒であったC(以下「本件生徒」という。)が,授業中に他の生徒とトラブル(以下「本件トラブル」という。)になったところ,同校の教員らが,約8時間にわたって本件生徒を校内の一室に監禁状態にして反省文等を作成させる等の不適切な指導を行ったのみならず,無期限の停学処分になるかのように受け止められる趣旨のことを告げた上で,これによって肉体的・精神的に追い詰められた状態にある本件生徒を一人で帰宅させた結果,本件生徒が,下校中に踏切内に立ち入って電車に跳ねられて死亡した(以下「本件事故」という。)として,上記教員らの行為は,社会的妥当性を著しく欠く違法なものであるとして,国家賠償法1条1項に基づき,本件生徒の祖父である原告Aが,慰謝料等として合計1200万円の,本件生徒の母である原告Bが逸失利益及び慰謝料として合計6588万3807円の各損害賠償及びこれらに対する平成27年5月15日(本件事故の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。


 前提事実

(1) 当事者等
 ア  本件生徒(平成11年5月5日生まれ)は,平成24年3月に大阪市立D小学校を,平成27年3月に大阪市立E中学校をそれぞれ卒業し,同年4月,大阪府立F高校(東住吉総合高校)に入学し,同年5月15日当時,16歳の高校1年生であった。本件生徒は,本件高校の1年2組に所属していた。
 イ  原告Aは,本件生徒の祖父であり,原告Bは本件生徒の母である。なお,原告Bは本件生徒の父とは,平成25年8月5日に離婚している。
 ウ  本件高校の本件事故当時の校長はG,教頭はHとIの2名であった。
 J教諭は,平成25年4月1日に大阪府公立高等学校教員として任用され,同日から本件高校に勤務するようになり,本件事故当時,1年2組の担任兼年次副主任兼生徒指導担当であった。本件事故当時,1年2組の副担任は,K教諭であった。L教諭は,平成20年4月1日に大阪府公立高等学校教員として任用され,平成26年4月1日から本件高校に勤務するようになり,本件事故当時は,1年1組の担任兼1年生の生徒指導担当であった。なお,この当時,M教諭も,1年生の生徒指導担当であった。N教諭は,昭和59年4月1日に大阪府公立学校教員として任用され,平成26年4月1日から本件高校に勤務するようになり,本件事故当時は,1年生の学年主任であった。O教諭は,平成15年4月1日に大阪府公立学校教員に任用され,平成25年4月1日から本件高校に勤務するようになり,本件事故当時は,全学年の生徒指導を統括する生徒指導主事(生徒指導部長)であった。
 P講師は,平成25年頃から高等学校で英語科の非常勤講師として勤務するようになり,平成27年4月1日から,本件高校の英語科の非常勤講師をしていた。

(2) 本件高校の授業時間
 略

(3) 本件高校の生徒懲戒規定及び懲戒規定運用細則の定め
 ア  本件高校の生徒懲戒規定では,懲戒は,退学・停学(有期及び無期)・訓告とし,補導委員会での検討を経て校長が決定し,保護者同伴の上で行うものとされていた。
 懲戒の原案は,教頭(委員長),生徒指導部長,生徒指導部員,年次主任,当該担任及びその他関係教職員から構成される補導委員会において作成するものとされ,懲戒の対象の中には,暴力行為・暴言及びいじめ等並びにそれに準ずる行為が含まれている。
 イ  本件高校の懲戒規定運用細則では,停学期間について,起算日は懲戒内容決定後の翌日(原則として申渡日)とされており,停学については,有期が3,5,7,10日(土日・祝日は含まず),無期は15日以上(土日・祝日を含む)とされていた。そして,停学日数については,懲戒指導の対象となる行為が「暴力行為(対等な生徒間の喧嘩)」である場合には3日以上,「暴力行為(一方的な暴力)」である場合には5日以上とされ,「対教師暴言・授業妨害・指導拒否等」である場合には校長訓告以上とされていた。
 また,同細則では,懲戒に至る手順として,@問題行動の発見者は,速やかに各年次団室・生徒指導室等に報告する,A生徒指導部員において発見者・関係教員・当該生徒等からの事実確認を行い,必要が認められる場合は,授業中でも聞取りを行うことができる,B事実確認は,当該生徒からの聞取り及び作文にて内容を確認する。時系列で問題行動を確認し,問題行動が複数の生徒に及ぶ場合には内容の突合せを行い,事実に矛盾がないかを確認し,当該生徒に自分の行動を認めさせる。事実確認が終了し,学校から早退させる場合は,保護者にその旨を連絡する。C事実確認が終了次第,生徒指導部長は教頭に報告し,補導委員会の開催が必要な場合は要請する,D懲戒指導が必要な場合は,生徒指導部員において生徒指導記録を作成する,E懲戒内容が決定し次第,生徒指導部長は申渡し日を当該担任に連絡し,当該担任から保護者へ,当該生徒同伴の下,来校するように連絡するとともに問題行動に係る事実を説明するが,懲戒内容については伝えない,F懲戒の申渡しは,校長が当該生徒及びその保護者に対して行う。その際,教頭・生徒指導部長・生徒指導部員・当該年次主任・当該担任が同席する,などの内容が定められている。
 なお,本件高校の停学には,登校謹慎と家庭謹慎の2種類がある(以下,上記の生徒懲戒規定及び懲戒規定運用細則の定めを「本件懲戒規定等」という。)。

(4) 本件トラブルの発生
 ア  本件高校の1年2組の教室では,平成27年5月15日午前9時45分から,P講師の担当する2限目の「基礎英語総復習」の授業(以下「本件授業」という。)が行われていた。
 本件授業の際の本件生徒の座席は,教卓から見て左から2列目の前から4列目であり,本件生徒の前の座席(左から2列目の前から3列目)には,Q(以下「相手方生徒」という。)がいた。なお,1年2組の教室の机の配置は,横は6列,縦は6〜7列であった。
 イ  P講師は,本件授業開始後,各生徒の机間を回って従前に課した宿題の解答状況等のチェックをするなどしていたところ,相手方生徒は,その間,体を乗り出して,別の女子生徒と課題の教え合いをするなどしていた隣席の女子生徒(以下「本件女子生徒」という。)の腕の部分を握るなどしていた。
 本件生徒は,午前10時前頃,相手方生徒を注意するために,後ろから頭を軽く叩くなどしたところ,相手方生徒がこれを無視したことから,再度,相手方生徒の襟をつかむなどして自席に正しく座らせようとするなどしていたところ,相手方生徒が本件生徒の方に振り向いたことから,相手方生徒の頬を平手で叩いた(ビンタした)。
 これに対して相手方生徒は,本件生徒の頬を平手で叩いた上,教室の外に連れ出そうとして胸ぐらをつかんで引き寄せるなどしたところ,本件生徒は椅子から落ちて尻餅をついた。この際,大きな音がして,教室内が騒然となったことから,隣の1年3組の教室で英語の授業をしていたR教諭が1年2組の教室に駆けつけ,騒ぎに気付いたP講師と一緒に,本件生徒の胸ぐらをつかんでいた相手方生徒を本件生徒から引き離した(本件生徒と相手方生徒との間のこれらの一連の出来事が本件トラブルである。)。

(5) 本件生徒に対して行われた指導等の状況
 ア  相手方生徒は,同窓会室において,午前10時10分頃から,生徒指導担当であるL教諭から事情聴取を受けた。
 他方,本件生徒は,相手方生徒からの事情聴取と並行する形で,小会議室において,J教諭及びL教諭から事情聴取を受けた。
 その後,J教諭及びL教諭は,同窓会室と小会議室を行き来して,相手方生徒と本件生徒から交互に事情聴取を行い,本件トラブルに関する事実関係や,本件生徒が相手方生徒の頬を平手で叩くなどした理由を繰り返し確認するなどした。
 イ  J教諭及びL教諭は,上記事情聴取の結果,本件トラブルの経緯等を確認できたことから,本件生徒及び相手方生徒に対し,「振り返りシート」の作成を指示した。振り返りシートは,生徒が質問項目に順に回答していく形式になっており,問題があるとされる行動の具体的な内容(誰が誰に何をしたのかや,その発生日時及び場所)を記載するほか,「Dなぜそのようなことをしてしまったのですか?」「E誰にどのような迷惑をかけたと思いますか?」「Fこれから誰にどのように迷惑をかけると思いますか?」「G迷惑をかけた相手はどんな嫌な気持ちになったと思いますか?」「H自分は,今,何を考えなければならないと思いますか?」「I今回のことで周りにどう思われると思いますか。」「J今回のことに至るまで,いつからどのような気持ちがあなたの背景にありましたか?」「K中学のころ自分はどのような生徒だったと思いますか?」「L高校生になってからの自分はどのような生徒だったと思いますか?」「M自分は,これから何をどうしなければならないと思いますか?」との各質問項目が並べられていた。
 ウ  本件生徒は,小会議室において振り返りシートを書き始めたものの,これをなかなか完成させることができなかった。この間,J教諭等の教諭らは,数回にわたって本件生徒の様子を見に行き,進捗状況を確認するなどしていた。
 J教諭は,午後0時半ころに本件生徒が振り返りシートを完成させたことを確認したことから,K教諭に依頼して,本件生徒が持参していた弁当の入ったかばんを小会議室に届けさせた上,昼食後に,振り返りシートに基づいて反省文を作成するよう指示した。
 その後,生徒指導主事のO教諭が小会議室を訪れ,本件生徒に対し,相手方生徒にビンタをした理由を尋ねた上で,反省を促すための指導を行い,午後1時15分頃に昼食を取るよう指示して小会議室から退出した。
 本件生徒は,昼食後,小会議室において反省文の作成をしていたが,なかなか反省文を書き進めることができない様子であったことから,途中で様子を見に来たL教諭及びO教諭は,本件生徒に声をかけ,反省文を書くように促すなどしたが,午後4時頃になっても,未だ反省文をほとんど書くことができていなかった。なお,本件生徒は,午後4時頃,小会議室を訪れたJ教諭にトイレに行きたいと申し出たことから,M教諭が付き添ってトイレに行った。
 他方,相手方生徒は,6限目の途中までに振り返りシートと反省文の作成を終えたことから,O教諭は,相手方生徒をそのまま帰宅させた。

(6) 本件高校における補導委員会の開催及びその後の本件生徒に対する対応等
 ア  本件高校では,H教頭(委員長),O教諭(生徒指導部長),L教諭及びM教諭(1年次生徒指導部員),N教諭(年次主任)並びにJ教諭(1年次生徒指導部員兼担任)等の合計13名の教員が出席して,午後4時頃から補導委員会(以下「本件補導委員会」という。)が行われた。
 本件補導委員会では,状況説明等が行われた上で,O教諭から,本件懲戒規定等の定めに基づいて,本件生徒及び相手方生徒について,「暴力行為(対等な生徒間の喧嘩)」の停学日数が3日であることに加えて,「授業妨害」も加味して,停学5日とする旨の懲戒原案が提示された。なお,この段階では,本件生徒は反省文を未だ作成しておらず,本件補導委員会においても,その旨の説明が行われた。本件補導委員会は,午後4時20分頃に終了した。
 イ  本件補導委員会終了後,N教諭は,小会議室に本件生徒の様子を見に行き,本件生徒と話をした上で,反省文の書き方についての指導をするなどした。この際,本件生徒は,反省文をほとんど書いておらず,また,N教諭に対し,学校に戻ってくることはできないかもしれないなどと悲観的な発言をしたことから,N教諭は,指導を受ければ戻ってくることができるなどと述べた。
 ウ  J教諭は,午後5時頃に本件生徒の様子を見に行ったところ,本件生徒は反省文を2〜3行程度書いただけであった。その後,J教諭は,午後5時40分頃に本件生徒の様子を見に行き,反省文の状況を確認した上で,月曜日までに反省文を書いてくるよう指示した上,今後のことは,電話で母である原告Bに伝えるので,本件生徒自身でも,本件トラブルの内容を伝えて,反省していることや,変わろうと思っていることを伝えるよう指導したところ,本件生徒は表情を曇らせた上,自棄的な発言をしたことから,J教諭は本件生徒の発言内容を否定して,更に指導・助言を行った。
 その後,本件生徒は,J教諭と共に1年2組の教室に荷物を取りに行った上,午後6時過ぎ頃に1人で下校した。なお,J教諭は,この時点では,原告Bには連絡を取らなかった。

(7) 本件事故の発生
本件生徒は,午後6時28分頃,本件高校から自宅への帰宅経路上にあるS電鉄T線(南海電鉄高野線)のU踏切内(長居公園通り踏切)において,電車に跳ねられて死亡した(本件事故)。


 争点

(1)  本件高校の教員らによる本件生徒に対する指導等についての,国家賠償法上の違法性の有無
(2)  原告らに生じた損害及びその額


 裁判所の判断

争点(1)(本件高校の教員らによる本件生徒に対する指導等についての,国家賠償法上の違法性の有無)について

(1)  国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを規定するところ(最高裁判所昭和53年(オ)第1240号),本件において原告らは,本件高校の教員らの行為や本件生徒に対する処分の内容等(本件指導等。具体的には,@本件生徒が怪我をした可能性があったにもかかわらず,救護の措置を取らなかったこと,A本件トラブルは,本件生徒が授業中の相手方生徒の不適切な行動を注意しようとしたことに端を発するものであるにも関わらず,本件高校の教員らは,十分に情報を共有することもないまま本件生徒を約8時間にわたって小部屋に監禁した上で,入れ代わり立ち代わり監視や指導を行い,授業を受けさせることなく振り返りシートや反省文の作成を強要した上,「変わること」を強要するなどしており,このような行為は学校教育法が禁止する体罰に当たること,B本件高校の教員らは,杜撰な事情聴取しか行わないままで本件補導委員会を開催し,反省文の内容を踏まえることなく,また,本件生徒が本件トラブルを起こすに至った動機を考慮することなく,早々に5日間の停学処分を決定したこと,C本件補導委員会終了後,本件高校の教員が,本件生徒に対し,無期限の停学処分になったと受け取られかねないような言い方をしたこと等)が,本件トラブルの内容に照らして著しくバランスを失しており,社会的妥当性を著しく欠いている上,本件高校の教員らは,本件生徒が自暴自棄な発言を繰り返すなど,動揺していることが明らかであったにもかかわらず,その心情に配慮することのないまま指導を続け,真面目で繊細な面を持つ本件生徒が,追い詰められて自殺する可能性があることを十分に予見し得たにもかかわらず,そのような状態の本件生徒を一人で下校させたことは不適切な対応であったと主張して,本件高校の教員らの行為は,国家賠償法上違法である旨主張する。

(2)  前記1(2)で認定したところによると,本件トラブルは,相手方生徒が本件授業の最中に立ち歩いたり,大きな声で話をするなどしていたほか,本件女子生徒の方に身を乗り出して腕を握るなどの不適切な行動をとっていたことに対して,本件生徒が相手方生徒に注意を促す趣旨で頭部を軽く叩いたり,相手方生徒の襟をつかんで引っ張り,座席に正しい姿勢で座らせようとしたものの,相手方生徒がこれを無視したことから,再度,襟をつかんで引っ張ったところ,相手方生徒が本件生徒の方に振り向いたことから,無言のままその頬を平手で頬を叩いたというものであり,その後,本件生徒がにやにやと笑っていたことに腹を立てた相手方生徒が,本件生徒の頬を平手で叩いた上,胸元をつかんで廊下に連れ出そうとしたことから,本件生徒が椅子からずり落ちて床に尻餅をついたというものである。そうすると,本件トラブルのきっかけとなったのは,授業中における相手方生徒の不適切な行為であり,本件生徒は,これに対して相手方生徒を注意しようとしたものではあるものの,結果的には,本件生徒及び相手方生徒が,相互に暴力を振るいあうことになったという態様のものであったということができる。
 そして,前記1(3)〜(5)で認定したとおり,本件高校の教員らは,本件トラブルの発生を受けて,本件生徒に対して本件指導等を行っているところ,上記のような経緯に照らすと,本件高校の教員らの行為は,懲戒権の行使(学校教育法11条)として行われたものであるということができる。
 したがって,本件においては,公権力の行使に当たる公務員である本件高校の教員らの懲戒権の行使としての本件指導等が,その目的,態様,継続時間等から判断して,教員が生徒に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものであり,学校教育法11条ただし書にいう体罰に該当するなどの理由で,同教員らが負っている職務上の法的義務に違背していたといえるか否かが問題になる。

(3)
 ア  そこで検討するに,前記(2)で指摘した本件トラブルは,生徒間の暴力行為であり,かつ,少なくとも結果的に本件授業を妨害することになったものであるところ,前提事実(3)で認定したとおり,これらの行為は,本件懲戒規定等の定めによっても懲戒指導の対象とされているのであるから,本件トラブルに際しての本件生徒の行為が,相手方生徒の授業中の不適切な言動を注意する目的で行われたものであったことを考慮したとしても,懲戒権の行使をすることが相当な場合であったということができる。
 イ  もっとも,前記1(3)〜(5)で認定したところによると,本件生徒は,本件トラブルが発生した午前10時頃から午後5時40分過ぎ頃までの8時間近くにわたって,小会議室において事情聴取を受けたり,振り返りシートや反省文の作成をさせられるなどしており,その拘束時間が相当長時間にわたっていたということができる。
 しかしながら,前提事実(5)イ及び前記1(3)〜(5)で認定したところによると,@本件高校の1年生の生徒指導担当であったL教諭及びJ教諭は,午前10時過ぎ頃から,同窓会室及び小会議室において本件生徒及び相手方生徒から個別に事情聴取を行って事実関係を確認したところ,同人らは,おおむね同様の内容の話をしたものの,相手方生徒は,なぜ自分が突然ビンタをされたのかの理由が分からないと述べ,他方,本件生徒は,自分から手を出した理由を容易に明らかにしようとしなかったことから,本件生徒が自分から手を出した理由を確認するために時間を要し,この点を含む本件トラブルの経緯が明らかになった時点で,既に午前11時35分頃(3限目が終わるころ)になっていたこと,A本件高校においては,問題行動を起こした生徒に対し,14の各質問項目に順に答えていく形式になっている振り返りシートを作成させて,自らの行為の問題点や反省すべき点を整理させた上で,改めて自分の言葉で反省文を作成させることになっており,当該生徒が反省文を完成させた後に,当該事案が補導委員会に付議され,当該生徒に対する懲戒処分等についての検討が行われることになっていたこと,BJ教諭及びL教諭は,本件生徒及び相手方生徒に,振り返りシート及び反省文の用紙を渡し,これらの作成を指示したところ,相手方生徒は,6限目(午後2時20分から午後3時10分まで)の途中までに反省文を書き終えたものの,本件生徒は,振り返りシートをなかなか完成させることができなかった上,振り返りシートを完成させた後も,反省文の作成が進まず,本件補導委員会の開催が予定されていた午後4時頃の時点においても,反省文は数行程度しか記載されておらず,その後,M教諭及びN教諭が,本件生徒に対し,反省文の書き方を指導し,本件生徒はその指導に従って反省文を書こうとしていたものの,やはり反省文の作成は容易に進まず,午後5時20分頃の時点でも,2〜3行程度しか記載されていなかったこと,Cこのような状況の下,J教諭が午後5時20分頃に本件生徒と反省文の書き方等についての話をしたところ,本件生徒は,これを受けて反省文を書き進めようとしている様子であったことから,J教諭は,もう少し各時間を与えた方がよいと思い,そのまま反省文を書かせることとし,午後5時40分頃まで反省文を作成させていたものの,結局,反省文が完成するには至らないまま,本件生徒を下校させることにしたこと,D本件トラブルが発生し,本件生徒に対する事情聴取が開始された後,本件生徒が下校するまでの間,本件生徒は,ほとんど終始落ち着いて受け答えをしており,丁寧な言葉遣いで淡々と応対していて,真面目に指導を受け入れようとしている様子であったことから,各教員らも言葉を荒らげたりすることもなかったことの各事実を指摘することができる。
 このような諸事情に鑑みると,本件生徒を結果として小会議室に8時間近くにわたって止め置くことになったのは,本件生徒が事情聴取の際に,相手方生徒に対して暴力行為を行った理由を容易に明らかにしなかったり,振り返りシート及び反省文をなかなか記載することができなかったことによるものであって,小会議室に止め置いたこと自体は,本件生徒の行為に対する懲罰として肉体的あるいは精神的な苦痛を与えるという意図の下に行われたものではなかったということができる。
 そうすると,本件において本件生徒の拘束時間が8時間近くと相当長期間にわたったことは,適切であったとはいい難いものの,そのことだけから,本件高校の教員らの対応が,直ちに教育的指導の範囲を逸脱するものであったとまでいうことはできない。
 ウ  また,本件指導等の態様についてみるに,前記1(3)〜(5)で認定したところによると,@本件生徒及び相手方生徒から事情聴取を行ったL教諭及びJ教諭は,当初は,相手方生徒については生徒指導上課題のある生徒として出身中学校からの引継ぎを受けていたこともあって,相手方生徒による本件生徒に対する嫌がらせ等の事象があったのではないかと考えて事情聴取を行っており,その後,本件トラブルの経緯が明らかになった後も,本件生徒に対しては,授業中にうるさくしている生徒に注意することは良いことであると認めた上で,そのような場合に暴力によって制止するのではなく,口頭で注意をするなどして解決すべきである旨の指導を行っており,少なくとも一方的に本件生徒の対応を叱責したり,非難したりしたような事情は認められないこと,AJ教諭及びL教諭を始めとする本件高校の教員らは,本件指導等が行われている間,本件生徒に対し,トイレに行きたい場合等には,1年次職員室に声をかけるように指示をしてはいたものの,懲戒権の行使を行うために必要な限度を超えて,殊更にその行動を制約するような対応をしたわけではなく,本件生徒は,昼食についても,本来の昼食の時間帯を過ぎてはいたものの,午後1時過ぎ頃には取ることができていたこと,B本件生徒に対し,当初の段階から指導に当たっていた担任のJ教諭は,午後は担当する授業の関係で本件生徒の指導に当たることができなかったことから,生徒指導主事のO教諭に,適宜,様子を見に行ってほしいとの依頼をし,O教諭は,本件生徒の下に赴いて会話を交わしつつ,反省を促すための指導を行い,また,本件補導委員会が開始された午後4時頃には1年生の生徒指導担当のM教諭が,J教諭に代わって反省文を書きあぐねている本件生徒に対し,反省文に記載すべき具体的な項目が記載されたメモを渡すなどしており,これらの指導の際にも,本件生徒を叱責したり,非難したりするような対応がされた形跡は見当たらないこと,C 本件補導委員会が開催された後も,J教諭が別の会議に出席する必要があったことから,1年生の学年主任であったN教諭がJ教諭に代わって本件生徒の様子を見に行き,本件生徒と会話を交わしていたところ,本件生徒が,停学になって学校に戻れないかもしれないなどと悲観的なことを述べたのに対し,N教諭はこれを否定し,指導を受けたら戻れると述べた上で,反省文を書くことができないと述べた本件生徒に対し,反省文の書き方を指導するなどしていること(なお,この点について原告らは,N教諭が本件生徒に対し,無期限の停学処分になったと受け取られかねないような言い方をした旨主張するが,N教諭の指導は,上記のようなものであったのであるから,原告らの主張するような事実を認めることはできない。),DJ教諭は,午後5時20分頃の時点でも反省文をほとんど作成することができていなかった本件生徒に対し,上手く書く必要はなく,反省した気持ち等を素直に書けばよいとの指導をし,本件生徒も反発等することなく,指導を受け入れる姿勢を示していたことを指摘することができる。
 以上によると,本件高校の教員らは,本件生徒と会話を交わして意思疎通を図りながら,反省文を作成するように促しており,本件生徒もその指導を受け入れる姿勢を示していたのであるから,その態様においても,相当性を欠いていたということはできない。
 なお,原告らは,本件指導等の態様について,本件生徒が怪我をした可能性があったにもかかわらず,救護の措置を取らなかったとか,本件高校の教員らは,十分に情報を共有することもないまま入れ代わり立ち代わり監視や指導を行い,長時間にわたって振り返りシートや反省文の作成を強要したり,「変わること」を強要したことは,学校教育法が禁止する体罰に当たるなどとして,本件指導等は社会的妥当性を著しく欠いている旨主張する。しかしながら,前記1(2)ウで認定したとおり,本件トラブルの際,本件生徒は相手方生徒から胸元をつかまれて廊下に連れ出そうとされたことから,椅子からずり落ちて床に尻餅をつくなどしたというのであるが,その後,本件指導等が行われている間に,本件生徒が体の痛み等を訴えた形跡はないのであるから,本件生徒には特段の怪我はなかったと考えられる。また,先に指摘したとおり,本件指導等に際しては,複数の教員が本件生徒の下に赴いて指導を行っているところ,前記1(3)〜(5)で認定したところによると,担任であるJ教諭以外の教員らは,この時点まで,本件生徒とほとんどあるいは全く面識がなかったものの,本件トラブルの経緯をおおむね把握した上で,本件生徒と会話を交わして意思疎通を図りながら指導を行っており,その指導の態様それ自体にも,相当性を欠いた点は見当たらない。そして,本件高校の教員らは,本件生徒に対し,振り返りシートや反省文を作成するよう指導しており,結果的にその指導が約8時間という長時間に及んだことは事実であるものの,問題行動を起こした生徒に対し,反省を促したり事実関係を確認する目的で振り返りシートや反省文を作成させることそれ自体は,教育的指導として相当なものであるということができる。なお,前記1(4)及び(5)で認定したところによると,本件高校の教員らは,本件指導等を行うに際して,本件生徒に対し,今後,変わっていかなければならないとの趣旨の発言を繰り返し行っているところ,その趣旨は,本件生徒が本件トラブルの際,相手方生徒に対し,暴力を振るってしまったことや,突発的に行動してしまったことに関して,本件生徒に対する反省を促す趣旨で述べられたものであり,このような指導が繰り返された理由は,本件生徒が,O教諭から,暴力を振るうのはいけないことであり,今後に向けて変わっていかなければならないとの指導を受けた際に,「僕は変わらないですよ。15年間生きてきた実体験から,変われないと思う。」と述べ,その発言がO教諭からJ教諭に伝えられたことや,J教諭(及びL教諭)に対し,中学校の時にも同じようなことがあったと述べ,N教諭に対しても同様の話をしたことなどの事情によるものであると考えられる。そうすると,本件高校の教員らが,繰返しこのような指導をしたこと自体,相当性を欠くものであったということはできない。
 以上のような諸事情に鑑みると,本件生徒に対する上記のような指導が,教育的指導の範囲を逸脱するものであったということはできないので,この点に関する原告らの主張は,採用することができない。
 エ  前提事実(3)イ及び前記1(5)アで認定したとおり,本件高校は,本件補導委員会において,本件トラブルの内容が,3日以上の停学とされている「暴力行為(対等な生徒間の喧嘩)」と,校長訓告以上とされている「授業妨害」に該当することを踏まえて,本件生徒及び相手方生徒について,停学5日とする旨の懲戒原案が決定されたというのであるが,この点について原告らは,本件高校の教員らは,杜撰な事情聴取しか行わないままで本件補導委員会を開催し,反省文の内容を踏まえることなく,また,本件生徒が本件トラブルを起こすに至った動機を考慮することなく5日間の停学処分を決定したとして,上記のような対応は本件トラブルの内容に照らして著しくバランスを欠いている上,社会的妥当性を著しく欠いている旨主張する。
 しかしながら,先に認定・説示したところによると,本件高校の教員らが行った事情聴取が杜撰なものであったということはできない。
 また,前提事実(3)並びに前記1(4)ア及び同(5)アで認定したところによると,本件懲戒規定等においては,懲戒に至る手順として,問題行動を起こした生徒に対する事実確認は,当該生徒からの聞取り及び作文(反省文のことを意味する。)によって内容を確認し,問題行動が複数の生徒に及ぶ場合には内容の突合わせを行い,事実に矛盾がないかを確認し,当該生徒に自分の行動を認めさせた上で,事実確認が終了し次第,生徒指導部長は教頭に報告し,補導委員会の開催が必要な場合はこれを要請するものとされており,補導委員会は,上記事実確認が終了した後に開催されることになっていたところ,本件補導委員会は,相手方生徒は既に反省文を完成させていたものの,本件生徒は未だ反省文を完成させてはいない時点で開催されている。しかしながら,前記1(5)アで認定したとおり,本件補導委員会が上記の時点で開催されたのは,同一の事案であるにもかかわらず,相手方生徒だけを先に補導委員会に付議し,本件生徒を,後日,別の補導委員会に付議するのは適切ではなく,かつ,本件トラブルに関する本件生徒及び相手方生徒からの聴取結果はほぼ一致しており,できる限り早く補導委員会を行ってその後の指導に入るのが相当であると考えられたことによるというのであるから,このような判断は,合理的かつ相当なものであったということができる。なお,原告らは,本件補導委員会の決定に際して,反省文の内容が斟酌されていないことを問題視するが,前記のとおり,本件懲戒規定等においては,反省文(作文)は事実確認のために作成されるものと位置付けられているところ,本件においては,本件生徒及び相手方生徒からの聴取結果はほぼ一致していたのであるから,反省文が完成するまで補導委員会の開催を待たなければならない合理的な理由はなかったということができる。また,反省文は,上記の目的とともに,問題行動を起こした生徒に反省を促すためのものでもあり,また,懲戒の申渡しがされた後に行われる当該生徒への指導に際しても活用されることが想定されていたものと考えられるから,本件生徒の作成した反省文の内容が,本件補導委員会において本件生徒の懲戒原案の決定に際してしん酌されることがなかったからといって,本件高校の教員らが,本件生徒に対し,無駄な作業を強要したということになるわけでもない。
 なお,本件補導委員会が決定した本件生徒に対する懲戒原案は,本件トラブルの内容に鑑みると,本件懲戒規定等の定めを形式的に当てはめたものとも評価でき,やや厳しすぎるきらいはあるものの,それ自体,教育的指導の範囲を逸脱するものであったとまでいうことはできない上,本件事故の当日,本件生徒に対する懲戒の申渡しがされたわけではないことを併せ考慮すると,このような事実をもって,本件指導等が社会的妥当性を欠くものであったということはできない。
 したがって,この点に関する原告らの主張も,採用することができない。
 オ  さらに,原告らは,本件高校の教員らは,本件生徒が自暴自棄な発言を繰り返すなど,動揺していることが明らかであったにもかかわらず,その心情に配慮することのないまま指導を続け,真面目で繊細な面を持つ本件生徒が,追い詰められて自殺する可能性があることを十分に予見し得たにもかかわらず,そのような状態の本件生徒を一人で下校させたことは不適切な対応であった旨主張する。
 そこでこの点について検討するに,前記1(1)及び(3)〜(5)で認定したところによると,@本件生徒は,中学3年生の時に,いわゆる不良グループの生徒の一人から繰り返しからかわれるなどしたことから,我慢ができなくなり,それを止めさせようとして当該生徒の首の辺りをつかむなどしたところ,同生徒から顔面を蹴られて地面に倒されたことがあったところ,本件トラブル発生後にL教諭及びJ教諭から事情聴取を受けた際,相手方生徒に対して手を出した理由をなかなか説明しようとはしなかった上,同教諭らからの働きかけによって,ようやく理由についての説明を行った後に,中学校の時にも素行の悪い生徒とこのようなことが何度かあり,また同じことをしてしまったと述べていたこと,A本件生徒は,大学に進学して小説家になりたいという希望を持っており,文章を作成すること自体が苦手なわけではなかったと考えられるにもかかわらず,振り返りシートの質問項目についての回答欄をなかなか書くことができず,特に「自分は,これから何をどうしなければならないと思いますか?」の項目に関して,指導をしていたJ教諭に対し,「人と関わらないようにする,ですかね。」などと述べたり,J教諭から,ビンタ以外の方法で相手方生徒に注意を促す方法はなかったのかと問われたのに対し,「口で言う……。僕はダメですね……。」などと答えるなどしており,自分が今後どのようにすればよいのかについて,何らかの葛藤を感じている様子がうかがわれたこと,B本件生徒は,振り返りシートの,これから誰にどのように迷惑をかけると思いますかとの質問項目について,「母親」と記載した上,今回のことで周りにどのように思われると思うかとの質問項目について「少しイラッとしただけですぐに暴力をふるう,近付きたくない存在」と記載したり,中学校の頃の自分について「性格は暗めで,ほんの少し馬鹿にされただけで怒る面倒な存在」と記載したり,高校生になってからの自分について「性格は暗め,これと言った個性はなし。」との記載をするなどしていたほか,暴力を振るうことはいけないことであり,今後に向けて変わっていかないといけないとの指導をしたO教諭に対し,「僕は学校にいない方がいいですね。」と述べたり,「僕は変わらないですよ。15年間生きてきた実体験から,変われないと思う。」とか「なんでそんなに僕に期待をするのか。僕なら切り捨てますよ。」などと述べるなどしており,自分自身を必要以上に低く評価するかのような自棄的な言動が見られたほか,その後指導に当たったN教諭に対しても,「僕はもうきっと停学になって学校には戻れないかもしれませんね。」などと悲観的な予測を口にしており,心理的に動揺していることがうかがわれたこと,C本件生徒は,下校を指示された際,J教諭から,今後のことは母である原告Bに伝えることや,原告Bに本件高校に来てもらわないといけなくなるなどと告げられた際,表情を曇らせた上,J教諭において本件生徒が本件トラブルのことを反省して変わろうと思えば,原告Bも協力してくれると述べたところ,「でも,それはきれいごとですよね。迷惑以外の何ものでもないですよね。」などと述べ,自分のために母である原告Bに「迷惑」をかけるのではないかと心配している様子がうかがわれたこと,Dもっとも,本件指導等に際して,本件生徒は,ほとんど終始落ち着いて受け答えをしており,反抗的な態度を取ることもなく,丁寧な言葉遣いで淡々と応対しており,真面目に指導を受け入れようとしている様子であったことを指摘することができる。
 以上のような諸事情に鑑みると,本件指導等を受けるに際して,本件生徒は何らかの葛藤を抱えており,そのために本件生徒にはやや自棄的な言動が見られたほか,停学になるなどして母である原告Bに「迷惑」をかけるのではないかと心配するなどして,心理的に動揺している様子がうかがわれたということができる。
 しかしながら,前記のとおり,本件生徒が落ち着いた受け答えをし,真面目に指導を受け入れようとしている様子であったことや,先に説示したような,本件高校の教員らによる本件指導等の態様等の諸事情に鑑みると,本件生徒が上記のとおり自棄的な言動を取り,動揺している様子がうかがわれたことのみから,本件高校の教員らにおいて,本件生徒が下校途中に自殺することを予見することは不可能であったといわざるを得ない。
 したがって,本件において,本件高校の教員らが,本件生徒を一人で下校させたことが対応として不適切であったということはできない。

(4)  以上によると,本件において,本件高校の教員らの本件指導等が,その目的,態様,継続時間等から判断して,教員が生徒に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものであり,同教員らが負っている職務上の法的義務に違背していたということはできないので,国家賠償法上違法であったということはできない。

結論
 以上のとおりであるから,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないので,いずれも棄却すべきである。
 よって,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第25民事部      
裁判長裁判官 金地香枝 
裁判官 上田元和 
裁判官 亀井健斗 




 参考:生徒指導提要

 文部科学省は、2022年12月に「生徒指導提要」を改定し、そのなかで、〔不適切な指導と考えられ得る例〕を挙げています。
 参考全文:生徒指導提要(改訂版) (PDF:3.0MB)

〔不適切な指導と考えられ得る例〕