執行停止申立て

 T教諭は指導改善研修命令について執行停止の申立てをしましたが、地裁・高裁・最高裁において却下されており、このことについて説明しています。

 経緯
年 - 月 - 日 事  項
2022-12-12 大阪地裁に対し、研修命令取消訴訟提起および執行停止申立てがなされる。
2023-01-30 大阪地裁により執行停止申立てが却下され、大阪高裁に抗告する。
2023-03-07 大阪高裁により執行停止申立て抗告が棄却され、最高裁に特別抗告する。
2023-06-12 最高裁により執行停止申立て特別抗告が棄却される。


 執行停止の要件

 行政事件訴訟法25条では、以下のように規定されています。

(執行停止)
第二十五条 処分の取消しの訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない。
 処分の取消しの訴えの提起があつた場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもつて、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止(以下「執行停止」という。)をすることができる。ただし、処分の効力の停止は、処分の執行又は手続の続行の停止によつて目的を達することができる場合には、することができない。
 裁判所は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする。
 執行停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、又は本案について理由がないとみえるときは、することができない。

 つまり、行政処分の執行停止をするにあたっては「重大な損害を避けるため」「緊急の必要があるとき」が要件とされていることがわかります。この下に大阪地裁の決定を掲載していますが、この決定においては、「重大な損害」がないということを理由に、執行停止を認めていません
 この判断は大阪地裁でも同様です。また、最高裁においては、「憲法上の問題ではない」との結論に至っています。


 大阪地裁による決定

令和4年(行ク)第90号 執行停止申立事件
(本案事件:令和4年(行ウ)第174号処分取消請求事件)

申立人:T  
代理人:谷 次郎  

相手方:大阪府  
処分行政庁兼代表者:大阪府教育委員会  
処分行政代表者教育長:橋本正司  
代理人:中川 元  
指定代理人:坂下秀一郎、和田匠子、小川裕子、小林弘典、栗本要人  

主文

 本件申立てを却下する。
 申立費用は申立人の負担とする。

理由

第1 申立ての趣旨
 処分行政庁が申立人に対して令和4年11月29日付けでした研修命令の効力を停止する。

第2 事案の概要
 本件は、大阪府立高等学校の教諭である申立人が、処分行政庁(大阪府教育委員会)から、生徒に対する指導が不適であるとして、令和4年11月29日付けで、教育公務員特例法(以下「特例法」という。)25条1項に基づく指導改善研修を命じる命令(以下「本件研修命令」という。)をされたところ、本件研修命令は違法であると主張して、相手方を相手に、本件研修命令の取消しを求める本案事件を提起した上で、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)25条2項本文に基づき、本件研修命令の執行停止を求める事案である。

 1  前提事実(証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)

 (1)当事者
ア 相手方は、地方自治法180条の5第1項1号及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律2条に基づき、教育委員会である処分行政庁を設置している。
イ 申立人は、XX年生まれの男性であり、平成24年、処分行政庁によって相手方に教諭として任用され、本件研修命令当時、大阪府立東住吉総合高等学校(以下「本件高校」という。)において公民科を担当していた。

 (2)関係法令等の定め
 関係法令等の定めは別紙1のとおりである。
 指導が不適切である教員への処分行政庁の支援・対応の概要は、別紙2のとおりである(疎甲4)。

 (3)本件研修命令の発出に至る経緯
ア 本件高校の生徒から、令和4年10月以前に、申立人の授業や申立人が授業で使用している「課題提供(自習指示)サイトについて、@個人情報や個人の特定につながりそうで怖い、サイトを見ているだけで個人が特定されるような気がして怖い、AURLの「kocho-shine.com」が怖い(「校長死ね」と書いてあるように受け取られる。)、B校長先生の写真では薄暗いレイアウトもあり怖い、C前任校の内容(校長先生や生徒の写真などが使われている。)をアップしており、怖いなどの内容の申告がされた。処分行政庁の職員は、同サイトを確認したところ、授業と関係のない内容や個人の写真が本人の許諾なしに使用され、同サイト内のYouTube動画及び音声データの一部について、授業と関係がない申立人と管理職とのやり取りが掲載されていることを確認し、これらが教材として適切ではないと考えた。
 このため、処分行政庁の職員は、令和4年10月18日、同月25日、同年11月1日、同月9日及び同月15日、本件高校を訪問し、申立人の授業を見学し、申立人と面談を行った。(疎乙13〜15、17〜21)
イ 本件高校の校長は、令和4年11月19日付けで、処分行政庁に対し、申立人が「指導が不適切である」教員に該当し、指導改善研修等の実施が必要かの認定を求める申請書を提出した。
 その申請書及びこれに添付された報告書には、@申立人が「kocho-shine」とのドメイン名を持つ課題指示サイトを運営し、同サイトに以前の勤務校及び本件高校の各校長の写真、上記校長が申立人とやり取りした音声など、授業と無関係で、生徒が恐怖心を抱く内容を掲示したこと、A申立人が、本件高校の校長から控えるように言われていたにもかかわらず、本件高校に関する訴訟事案(生徒が教員の指導により自殺したかに関する事案(疎甲5・資料3))の遺族(当該訴訟の原告)宛に、生徒が手紙を書くという授業を行ったこと、B申立人が、令和4年度の第1回中間考査において、「SNSきっかけ22歳の女性が自殺」という生徒が不安を感じる新聞記事(疎甲5資料7)を書写させるという問題を出題したこと、C申立人が、令和2年度に本件高校でプロジェクターではなく55インチモニターを設置したことに関する校長の言動を記載した資料を配布し、「誰が「嘘つき」でしょうか」と問いかける教材を生徒に配布したこと等が記載され、申立人について、「生徒の心理を理解する能力や意欲に欠け、学習指導や生徒指導において適切に対応できていない。」「相手の気持ちや立場を理解しながら、教職員に対し適切な対応を行うなど学校組織の一員としての行動力や企画力、調整力に欠ける。」「自分の言動が生徒及び教職員に不安や恐怖を感じさせていることを理解する能力に欠けている。」こと等教員に必要な資質・能力に欠けており、時間をかけて集中的に改善を図るべきとの理由が記載されていた。(疎乙6、7)
ウ 申立人及び同代理人弁護士は、令和4年11月21日及び23日、処分行政庁及び大阪府教員の資質向上審議会宛てに、申立人に指導改善研修を命ずることが違法かつ不当である旨の意見書等を提出し、同審議会は前記アの申請に関する審議を行って処分行政庁に意見を述べた。
 処分行政庁は、同月29日、申立人に対し、同年12月1日から令和5年8月31日までの間、大阪府教育センターにおける指導改善研修を命ずる本件研修命令を発出した。本件研修命令の命令書には、申立人について、生徒の心理を理解する能力や意欲に欠け、生徒に対する指導方法が不適切であるため、学習指導等を適切に行うことができないことや他の教員と協働して生徒への効果的な指導を行う意欲にも課題が見られること等が記載されている。(疎甲1、5〜7、疎乙8、9)

 (4)本件申立て等
 申立人は、令和4年12月12日、当庁に、相手方を被告として本件研修命令の取消しを求める本案事件を提起するとともに、本件申立てをした(当裁判所に顕著な事実)。

 2  争点及びこれに関する当事者の主張の要旨

 (1)本件研修命令の処分性及び原告適格の有無(争点1)
(申立人の主張)
 本件研修命令は、申立人に対し、本件高校ではなく、大阪府教育センターにおける研修を命じるものであり、勤務場所の変更を伴う。また、指導改善研修は分限処分に至り得るものであることを勘案すると、教職員である申立人の身分に直接影響を及ぼすものである。
 よって、本件研修命令は、教職員個人の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼすものであり、行訴法3条2項所定の「処分」に該当し、申立人はこれに対する原告適格を有する。
(相手方の主張)
 指導改善研修は、指導が不適切であると認定した教員に対して研修を命ずるものであるが、終了時に改めて認定を行い、その際、指導が改善していれば教壇に復帰することが予定されているのであって、当然に分限処分を行うことを予定したものではないから、教職員の身分を変更させるものではない。終了認定時に指導の改善の見込みがない場合は、分限処分が行われることがあるが、これに対しては抗告訴訟その他の不服申立てが可能である。また、大阪府教育センターは申立人の住所から至近距離にあり、申立人にとって便宜である。これらの本件研修命令の効果からすれば、本件研修命令に処分性はない。また、申立人には、法律上の不利益はなく、原告適格が認められない。

 (2)本件研修命令により申立人に重大な損害が生じるか(争点2)
(申立人の主張)
ア 本件研修命令によって、申立人は本件高校の教壇から追放され、本件高校への無断立ち入りを禁止されている。教師にとって、教壇から追放されることはこの上ない不利益であり、申立人には、本件研修命令によって、違法な研修に従事することを強いられることとも相まって、重大な損害が生じており、緊急の必要性もある。
イ 申立人が本件研修命令に従わなければ職務命令に違反したものとして懲戒処分を受け、これが3回累積すると分限免職となるから、本件研修命令によって重大な損害が生ずるおそれがある。
(相手方の主張)
 本件研修命令は研修の受講を命ずるものにすぎず、不利益な処分に当たらない。他方、申立人は、研修終了時に指導を適切に行うことができる程度まで改善すれば教壇に復帰できるのであり、損害の回復が困難であるとはいい難い。
 したがって、本件研修命令による損害が、社会通念上、行政目的の達成を一時的に犠牲にしてもなお救済しなければならない程度のものであるとはいえず、申立人に重大な損害は生じず、緊急の必要もない。

第3 当裁判所の判断

 1  争点2(本件研修命令により申立人に重大な損害が生じるか)について
 本件申立ての内容に鑑み、争点1に先立ち、争点2から判断する。

 (1)判断枠組み
 行訴法25条1項から3項までの規定に照らせば、同条2項にいう「重大な損害」が生じるか否かは、処分の執行等により維持される行政目的を踏まえた処分の内容及び性質と、処分の執行等により申立人が被る損害の性質及び程度とを、損害の回復の困難の程度を考慮した上で比較衡量し、処分の執行等により申立人が被る損害が、社会通念上、行政目的の達成を一時的に犠牲にしてもなお救済しなければならない程度のものといえるか否かという観点から判断すべきである。

 (2)検討
ア 本件研修命令は、特例法25条1項に基づく指導改善研修を命じるものであり、これは、教育委員会が児童生徒に対する指導が不適切であると認定した教諭等に対して、指導の改善を図るために必要な事項に関する研修を命ずるものである。教員は、児童生徒との人格的な触れ合いにより、単なる知識や技術の伝承にとどまらず、児童生徒の人格の完成を目指してその育成を図る役割を担っており、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならないものとされているのであって(教育基本法9条1項、特例法21条1項)、このような教員の児童生徒の教育における重要性及び職責に照らすと、当該教員の児童生徒に対する指導が不適切であるとすれば、その指導の改善を図る公益上の必要性が高いというべきである。
イ 他方、指導改善研修は、指導の改善を図るための研修を実施するものであり、対象となる教員の指導を改善することを目的とするものであって、当該教員について分限免職処分その他の分限処分がされることを前提としたものではなく、これによって当該教員の法律上の地位を侵害するものではない。また、指導改善研修によって、研修期間中、当該教員の勤務場所その他の勤務条件が変更されることが考えられるが、このことによって当該教員に一定の不利益が生ずるとしても、通常、その損害を回復することが困難であるとは考え難く、本件研修命令についてみても、この判断を左右する事情は見当たらない。
ウ 以上のとおり、本件研修命令の目的を踏まえた処分の内容及び性質と、本件研修命令により申立人が被る損害の性質及び程度とを、損害の回復の困難の程度を考慮した上で比較衡量すると、上記損害が、社会通念上、行政目的の達成を一時的に犠牲にしてもなお救済しなければならない程度のものとはいえないから、本件研修命令によって、行訴法25条2項所定の「重大な損害」が生ずると認めることができない。

 (3)申立人の主張に対する検討
ア 前記第2・2(2)の申立人の主張アについて
 本件研修命令は、指導の改善を図るために行われる指導改善研修を命じるものにすぎず、申立人は、研修終了後、生徒等に対する指導を適切に行うことができると認定されれば、本件高校に復帰して教育活動に従事することができるのであり、今後教壇に立つことができなくなるわけではない。
 申立人は、本件研修命令により、対象期間である令和4年12月1日から令和5年8月31日までの間、本件高校の生徒らに対して授業をすることができないが、申立人が本件高校において生徒らに対して授業をすることについて法律上の権利又は利益を有しているということはできないから、申立人が一時的に本件高校で授業をできないとしても、これが行訴法25条2項所定の重大な損害に当たるということはできない
 したがって、申立人の上記主張は採用することができない。

イ 前記第2・2(2)の申立人の主張イについて
 申立人が本件研修命令に従わないことにより懲戒処分や分限免職処分を受ける可能性があるとしても、これらの処分による地位の喪失等の不利益は、正にこれらの処分がされたことによる効果として生ずるのであって、本件研修命令によって生じるものではない。また、これらの処分を受ける可能性があることを損害とみるとしても、本件研修命令がこれらの処分を前提とするものでないことは前示のとおりであるし、これらの処分は訴訟その他の手続で争うことができ、これらが違法であれば後にその法的効力を失わせることができることから、行訴法25条2項所定の重大な損害に当たるということもできない

 2  結論
 したがって、申立人の上記主張は採用することができない。
 以上によれば、争点1について判断するまでもなく、本件申立てには理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

令和5年1月30日

大阪地方裁判所第5民事部 
裁判長裁判官 横田昌紀  
裁判官 長谷川武久  
裁判官 岩ア雄亮