読売新聞による報道


 T教諭への指導改善研修命令がなされた経緯などについての読売新聞報道です。


読売新聞 2023年02月06日 夕刊
ウェブサイト 2023/02/06 15:00 【 記事 】

 大阪府教育委員会が、府立高校の30歳代の男性教諭に対し、自殺問題を取り上げた授業内容が不適切だったとして、9か月間の研修命令を出したことがわかった。教諭は教育効果は高く、不当だとして、研修命令の取り消しを求めて大阪地裁に提訴。若者の自殺が社会的な課題となる中、生徒の心情に配慮しつつ、どう学校現場で指導していくかが問われている。(久米浩之)

 訴状などによると、教諭は2012年に採用され、20年4月、同校に赴任し、公民科を担当した。
 教諭は21年冬と22年春に行った3年生向けの授業で、裁判制度を学ぶ題材として、15年に同校の男子生徒(当時16歳)が自殺し、遺族が府に損害賠償を求めた訴訟を取り上げた。
 男子生徒は校内のトラブルで教員から指導を受けた後に自殺。遺族は訴訟で「行き過ぎた指導があった」と訴えたが、19年3月の地裁判決は「指導の範囲を逸脱していない」として請求を棄却した。
 教諭は裁判所のホームページで公開されている判決をもとに、経過を説明し、生徒らに遺族や学校の立場を考えるよう求め、「遺族への手紙のつもりで感じたことを書きましょう」と呼びかけ、感想文を書かせた。
 教諭は遺族と面識はなかった。校長からは遺族に感想文を渡すのはやめるよう言われたが、昨年夏に面会し、生徒らの個人情報を伏せて渡したという。 また、暗号資産の投資詐欺の被害に遭った若い女性が自殺したことを伝える新聞記事を試験で出題した。
 府教委はこれらの授業について、生徒から「怖かった」との相談があったとして、教諭からの聞き取りや授業の観察を行い、昨年11月に「指導方法が不適切で、教員としての資質に課題がある」として、教育公務員特例法に基づき、9か月間の研修命令を出した。他の教員との連携にも課題があるとした。
 研修期間中は、許可なく、学校の敷地内に立ち入ってはならず、府教育センターで自身の課題について作文を書いたり、面談したりといった研修を受けることになる。教諭は休暇を取得して研修は受けていない。
 教諭は昨年12月に訴訟を起こし、授業内容は正当だと訴えている。
 生徒の感想文には「自殺して楽になりたいと思っていたけど、自分の命を大切にしていきたい」「1日1日大切に過ごそうと思った」といった受け止めが複数あったとし、「教育効果は高い」と主張。遺族からは「しっかりと向き合ってくれて、心から感謝します」との手紙を受け取ったことを明かし、遺族の心情にも配慮しているとした。
 投資詐欺の記事を出題したのは、成人年齢の引き下げに伴い、若い世代の消費者被害を学ぶためだと説明。「厳しい現実から目を背けることはあってはならないはずだ」としている。
 これに対し、府は1月25日の第1回口頭弁論で請求棄却を求めた。
 府は答弁書で、「授業に肯定的な意見があるからと言って不適切でないとはいえない。実際に怖いという声があり、生徒らの受け止めへの配慮が十分に考えられていない教材を用いた授業を行い、生徒の心理を理解する能力や意思に欠けている」と主張している。

「組織的対応を」「現場の萎縮招く」 専門家

 文部科学省は自殺予防の教育を推進している。各自治体の教委には、授業などで子どもらに自分や友人の心のサインへの対応方法を学ばせたり、援助機関を知らせたりするよう学校への指導を求める。その上で、授業では心理的な負担に配慮し、保護者や医療機関などとの連携が必要とする。

 今回の授業について専門家の評価は分かれる。
 早稲田大教育学部の非常勤講師で、学校法務に詳しい小美野達之弁護士(大阪弁護士会)は「身近な自殺問題による教育効果は大きいかもしれないが、悪影響や生徒のケアを慎重に考えなければならない。教員個人の判断ではなく、学校内外で組織的に対応するべきだ」と指摘する。
 一方、清泉女学院大の松原信継教授(教育法)は「生徒が不安や恐怖を覚えないよう配慮が必要だが、重要な社会問題で学ぶ意義がある。生徒らがイメージを持ちやすく、訴訟を題材とすることで問題を多角的に捉えることもできる。府教委の研修命令は過度な現場への介入で、 萎縮 を招き、教育の多様性を失わせてしまう」と話した。