訴訟

 研修命令取消訴訟と、損害賠償(国家賠償)請求訴訟が、大阪地裁に係属中です。これまでの経過について、訴状と答弁書を用いて説明しています。

 経緯
年 - 月 - 日 事  項
2022-12-12 大阪地裁に対し、研修命令取消訴訟提起および執行停止申立てがなされる。
2023-01-30 大阪地裁により執行停止申立てが却下され、大阪高裁に抗告する。
2023-03-07 大阪高裁により執行停止申立て抗告が棄却され、最高裁に特別抗告する。
2023-06-12 最高裁により執行停止申立て特別抗告が棄却される。
2023-05-31 違法・不当な研修命令を発令したことについての「損害賠償請求」(国家賠償請求)を大阪地裁に提訴する。
2023-06-12 最高裁により執行停止申立て特別抗告が棄却される。

 上のとおり、2022年12月に研修命令取消訴訟提起および執行停止申立てがなされたものの、その後は主に執行停止について争われており、損害賠償請求を提起したのが2023年5月であるため、現段階(2023年8月)ではまだ被告から答弁書が到着した段階です。つまり、訴訟そのものはまだ全然進行していない(被告が出すべき書証も出揃っていない)状況です。すでに出たものについては、一部を掲載していますので、【 書証など 】をご覧ください。
 訴状を読んでいただければ主張の内容がわかるかと思いますので、訴状を掲載します。
 なお、被告からの答弁書を受けた点については、掲載方法を考えた上で今後掲載を予定しています。

 訴状

請求の趣旨
 被告は、原告に対し、金271万5292円およびそれに対する訴状送達の日の翌日から支払い済みまで年3パーセントの割合による金銭を支払え。
 被告は、原告に対し、原告が被告を退職する日または西暦2052年3月末日のうち先に到達する日まで、別紙各月給与差額一覧の「年月」欄に記載の各月17日(その日が土曜日に当たるときは16日、日曜日又は休日(国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日をいう。以下同じ。)に当たるときは18日(その日が休日に当たるときは15日)。以下「支払日」という)限り、「差額」欄に記載の金額およびそれらに対する「年月」欄に記載の各月の支払日の翌日から支払い済みまで年3パーセント(「年月」欄に記載の各月の支払日において民法404条3項に基づき法定利率が民法404条2項所定の利率から変動している場合は、その変動した利率)の割合による金銭を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。

請求の原因
第1 事案の概要
 被告の行政庁である大阪府教育委員会は、大阪府立高等学校教諭である原告について教育公務員特例法(以下「特例法」という)25条1項にいう、児童等に対する指導が不適切である教諭であると認定し、原告に対して2022年(令和4年)11月29日付で指導改善研修を命ずる研修命令(以下「本件研修命令」という)を発出した。
 しかるに、原告について、以下詳論する通り、そもそも、法令上、指導改善研修の研修命令を発出する手続きが履践されておらず、命令の発出要件を具備しているとは認められない。また、仮に手続は踏んでいたとしても、原告について児童等に対する指導が不適切であるとの認定を行うことは当を得ず、本件研修命令は違法である。また、本件研修命令は原告に対する違法なパワーハラスメントに該当し、その意味でも違法である。
 そこで、原告は、違法な本件研修命令により原告が受け、あるいは将来受ける損害の賠償を求め、本件訴訟を提起する。

第2 当事者
 略

第3 指導改善研修に関する法令の定め、手続き
 略
参考:【 関係法令など 】
参考:【 関係法令などの位置づけ 】

第4 事実経過
1 府教委職員の来校
(1) 2022年(令和4年)10月18日、原告の勤務校に府教委の教員評価支援チームの職員が来校した(府教委職員2名と教育センター職員3名程度)。事前の来校予告はなかった。用件としては、生徒からの連絡があったため来校したとのことであった。
 教員評価支援チームからは、原告に対して授業の狙いや教材の選定基準などの確認を受けた。原告は、公民科の授業教材として憲法の判例学習を行っているが、高校3年生に対して発達段階やバランスを考えて指導している旨を伝えた。また、原告は、近時報道された暗号資産を巡るマルチ商法の問題を取り上げたが、これについては、成年年齢の引き下げによる被害があるため必要なものであると伝えた。また、府教委としては、原告がサーバーを借りて設置していた自習指示サイトに問題があるという認識であった。
 教員評価支援チームは、原告の授業観察を行った。なお、その授業観察に同席した校長からは、「先生はやっぱり説明が上手いな。流暢やね。聞いてるだけで頭のなかに入ってくる。プリント見なくても」との感想を頂いた。
(2)翌日、原告は校長と話をして、教員評価支援チームの来校について校長からは要請していないことを確認した。校長は、「制度に乗っかってやってんのかどうかっていう説明じゃなかった」「派遣要請じゃないと思う」と述べていた。
 また、校長は、教員評価支援チームが問題視した、新聞記事が不適切だという点について、校長はそのようなことを言っておらず、また、原告が授業で取り扱った、過去に原告の勤務校であった生徒の指導自死問題について、遺族に手紙を書くつもりで感じたことなどを書くという課題に関して、デリケートなので、遺族に送るのはやめてほしい、という旨を言ったのみであることを確認した。
(3)同月24日、校長から、教員評価支援チームが翌日(25日)に来校する旨を伝達された。翌25日、来校した教員評価支援チームから、授業の狙い、教材の選定基準などの確認を受けた。教員評価支援チームからは、授業の中でニュースを扱ったこと、最低時給の全国比較の授業について、自習指示サイトのドメイン名(kocho-shine.com)についての指摘があり(このドメイン名は「胡蝶シャイン」という意味なのだが、ローマ字読みすると「校長死ね」と読める由であった)、原告はこじつけであると反論した。
 教員評価支援チームからは、自習指示サイトを削除するよう言われたので、原告は、個人的なリソースであるため削除は難しいので、授業で使わないような運用で良いのではと反論した。また、原告から、授業は何か問題があったのかと質問すると、「今のところ特にこちらから申し上げることは無い」と発言があった。
 原告からは、生徒が不安を感じているので、授業観察ではなく課題指示サイトの件で来校するように依頼した。
 原告は、同月31日に校長と対話して、授業観察なのに教員評価支援チームに所属する教育センター職員が何も喋らないことについて指摘した。また、生徒の不安を解消するためには、自習指示サイトの具体的改善策が必要であると指摘した。また、マルチ商法の教材について何が不適切なのか質問したが、納得の得られる回答は出てこなかった。
(4)2022年11月1日、教員評価支援チームが来校した。教員評価支援チームから、授業観察の趣旨が、授業を通して生徒からの指摘内容との関連性を確認するとともに、適切な教材選定になっているのか、授業内容を継続的に確認するためであり、知識や技術、指導方法も見ていると説明があった。
 府規則に基づく「指導が不適切な教員であると校長が思料する」旨については一切説明がなく、マルチ商法の教材について何が不適切なのか、センシティブの基準が何であるのか原告が質問したが、回答はなかった。
 教員評価支援チームからは、授業の狙いなどの確認がなされ、扱っている憲法判例や小テストの趣旨が何かを確認された。自習指示サイトの改善策については、早急に対応するために校長と調整したらどうかと原告から提案した。また、原告が授業について質問すると「早急にここで話題にすることはない」との回答であった。原告は、課題指示サイトの件で来るなら授業観察は不要ではないかと再度指摘した。校長からは、「キーになるのは課題指示サイト」だとの発言があった。
 原告は、校長から、生徒の主訴の内容や、なぜ教員評価支援チームが来ているのかを確認したが、要領を得た説明は得られなかった。校長からは、生徒の指導自死問題に関する遺族への手紙の授業について、「うちで起こっていない事件について考える授業は良いと思うが、うちで起こったから、そこちゃうかな」との発言があった。また、校長からは、「先生が過去に感じた嫌な気持ちが授業に出ていないか」と質問されたので、原告は、「私はそのつもりはない」と返答した。原告はまた、「誰かの気に入るような、相手の求めるような答えを、ゲームのように探し当てるような生き方は私はしてないんですよ」と校長に対して伝えると、校長は「それで良い」と返答した。
 課題指示サイトについて、原告は校長と相談の上方針を決めたいと伝えたが、校長からは、教員評価支援チームが判断することだとの返答があったので、「校長先生では判断できないのか」と原告が問うと、「決断するのを措いておこうというのが俺の決断だ」との回答であった。
(5)同月2日以降も、原告は校長と話をしたが、マルチ商法の教材について、公民総合での実施結果のアンケート結果を手渡した上で、マルチ商法の教材や扱いについて、何が不適切なのか質問しても答えがなかった。また、課題指示サイトの件について、改善案を校長に示したが、それに対して、校長からは「保留」とされたり、事後に「保留」を口頭で訂正すると言われたりした。
(6)同月9日、教員評価支援チームが来校し、授業観察が行われた。教員評価支援チームからは、授業の狙いなどの確認を受けた。憲法の判例学習について、生徒の意見を聴取しないのかの問いについて、「判決の理由や背景を考えさせる質問はあり得るが、政治的立ち位置を聞くような問いは、生徒の思想が表出したり、教師による誘導尋問になるので危険である」と返答した。また、遺族への手紙の件については、当初生徒たちが興味を持ったため授業で取り扱った旨を説明した。課題指示サイトの内容については、別のサイトに移動するようにする旨を伝えた。
(7)同月15日、教員評価支援チームが来校し、原告に対して指導改善研修への手続きを進めていくことを告げ、同月18日までに、資質向上審議会への諮問を前提とした意見書を提出するように求められた。
 原告は、教員評価支援チームの指摘内容に誤りがあり、結論が変わりうるため、再度検討してくるように伝えた。
(8)同月16日、原告は校長から、翌日(17日)の午後2時30分に教員評価支援チームが再度来校する旨を伝えられたが、同時間は有給休暇を取得する予定であり、来週以降にしてもらうよう伝えた。原告は、この段階で手続きの不当性を指摘し、校長に対して、府規則に基づいて、原告につき指導改善研修等を講ずるよう府教委に対して申し出たのかどうかを確認したところ、していないとの回答であった。
(9)同月17日の午前9時に、教員評価支援チームが不意打ちで来校した。
(10)原告は、同月17日の午後に原告訴訟代理人弁護士のもとを訪れて法律相談を行い、また、同月19日にはY府議会議員に連絡し、翌20日にY議員の事務所において事情を説明した。Y議員は、週明けの同月21日に府教委において話を聞こうとしたところ、「即時対応ができない」とのことで、同月28日に聞き取りを実施することとした。
 原告は、同月21日に校長に対して、資質向上審議会への諮問を前提とした意見書を提出した。また、原告訴訟代理人は、原告からの依頼に基づき、府教委と資質向上審議会に対して、それぞれ要請書を送付した。
(11)同月28日、Y議員が府教委において聞きとりを行ったが、府教委の説明では、資質向上審議会は既に実施されたとのことであった(後に、同月25日に開催されたと判明)。
(12)同月29日、原告に対して本件研修命令が発出され、原告自宅の郵便受けに投函された。原告の勤務校の校長は、研修期間中について原告が所属校敷地内へ立ち入るには校長の事前の承認が必要であるなどの連絡を原告に対して行った。
(13)原告は、2022年12月12日、御庁に対して本件研修命令処分の取消を求める行政訴訟を提起するとともに(御庁令和4年(行ウ)第174号)、本件研修命令の執行停止を申し立てた(御庁令和4年(行ク)第90号)。
 御庁は、2023年(令和5年)1月30日、原告による執行停止の申立てを却下したので、原告は即時抗告をしたが、大阪高等裁判所は同年3月7日、原告による即時抗告を棄却した。現在、最高裁判所において特別抗告の審理中である(同裁判所令和5年(行ト)第28号)。
(14)原告は、本件研修命令発令後に適応障害を伴う持続性気分障害との診断を受け、それが長期化しているため、原告の願により本年3月10日から本年7月31日まで分限休職が発令された。

第5 本件研修命令が行政処分として違法であること

1 手続違背
(1)前述の通り、大阪府立学校の教員に関する指導改善研修については、所属校の校長からの申し出が出発点となっていて、さらに、校長の申し出の前提として、府規則3条1項所定の当該教員に的確に伝え自覚を促すこと、校長において指導改善を図ることが求められている、ということが確認される。
 指導改善研修に先立つものとして、まずは校長の指導、次いで校長の申し出が必要である、ということになる。
(2)しかるに本件では、前述の通り、原告が、原告の勤務校の校長に11月16日に確認したところ、校長において原告に関する指導改善研修の申し出はしていないとのことであった。また、原告は、校長から指導が不適切であるということを伝えられ、その自覚を促されたり、校長から指導の改善を図るような指導を受けたことはない。そうなると、そもそも、原告に対して指導改善研修を行う適正な手続きが履践されていないことになる。そうであれば、そもそも、府教委が原告に対して指導改善研修の前提としての資質向上審議会への諮問の要件すら充足していないのであり、T氏に対して指導改善研修の職務命令を発出することは法令上およそ許されないものであることは明白である。
(3)この点、被告は、御庁(第5民事部)に別途係属している本件研修命令の処分取消訴訟(御庁令和4年(行ウ)第174号。以下「別件取消訴訟」という)において、指導改善研修について府規則、手引を作成し、また、文部科学省の「ガイドライン」の改訂に手引改訂が追いついていないので、「ガイドライン」の内容もふまえつつ「指導が不適切な教員の認定」「指導改善研修命令」を行ったと主張している。
 しかし、大阪府立学校の教員に関する指導改善研修については、所属校の校長からの申し出が出発点となっていて、さらに、校長の申し出の前提として、府規則3条1項所定の当該教員に的確に伝え自覚を促すこと、校長において指導改善を図ることが求められている、ということが確認され、指導改善研修に先立つものとして、まずは校長の指導、次いで校長の申し出が必要である、ということになる。
 そもそも、文部科学省のガイドラインが存在するとしても、教特法は指導改善研修に関する手続きを教育委員会規則に委任しているのであり、手続は、あくまでも法の委任に基づいて制定された府規則に基づいて行われるべきものである。そして、府規則3条1項により、大阪府教育委員会に対し「必要な指導、助言又は援助」を求めることができるのは、あくまでも校長である。
 仮に教育委員会が教員に対して「必要な指導、助言又は援助」をするとなると、「校長は、……当該教員の指導の改善を図らなければならない。」とする前段と矛盾が生ずる。したがって、あくまで「必要な指導、助言又は援助」は教育委員会が校長にするものであって、教員に指導するのは校長であるというのは明白である。なお、原告が校長に対して「私の授業のどういった点に問題があるのか」と質問した際には、「それは教育庁に投げているから、俺からは答えられない」と返答しており、校長はその職務を放棄している、あるいは、教育委員会によってその行動を制限されていたと推認できる。
(3)また、文部科学省「ガイドライン」の改訂によっても、校長の指導等が出発点になっている。
 すなわち、文部科学省のガイドラインの改訂に当たって、教育委員会が「必要に応じて、指導に課題がある教諭等の指導力向上に向けた取組を校長に対して促し、又は自ら実施し、その後の改善状況を継続的に把握するなど、積極的に関与」することが重要との文言は追加されてはいるが、これは、教育委員会が校長の頭越しに「指導改善研修」を行うことが決められるわけではなく、積極的に関与する、というのはまずは学校における状況把握、校長との認識共有の次元の話であって、あくまでも、「指導改善研修」は、その出発点で、校長が当該教員に対する指導、助言等の支援を行った上で、校内等での対応だけでは十分な指導の改善が見込まれないと判断した際に、任命権者に対して報告・申請を行う、とされていて、教育委員会はそれを支援するとされている。
 よって、「ガイドライン」の改訂を踏まえても、指導改善研修に先立つものとして、まずは校長の指導、次いで校長の申し出が必要であることが確認されなければならない。
(4)そもそも、行政手続が適正に行われなければならないのは当然であり、このことは、究極的には憲法31条によって保障されている。
(5)
 前記第3・2の通り、「指導改善研修」の手続は府規則に基づかなければならない。文科省のガイドライン改訂では、教育委員会が「必要に応じて、指導に課題がある教諭等の指導力向上に向けた取組を校長に対して促し、又は自ら実施し、その後の改善状況を継続的に把握するなど、積極的に関与」することが重要との文言は追加されてはいるが、これは、教育委員会が校長の頭越しに「指導改善研修」を行うことが決められるわけではなく、積極的に関与する、というのはまずは学校における状況把握、校長との認識共有の次元の話であって、あくまでも、「指導改善研修」は、その出発点で、校長が当該教員に対する指導、助言等の支援を行った上で、校内等での対応だけでは十分な指導の改善が見込まれないと判断した際に、任命権者に対して報告・申請を行う、とされていて、教育委員会はそれを支援するとされている(甲11・新旧対照(抄))。
 そして、原告は、校長から指導が不適切であるということを伝えられ、その自覚を促されたり、校長から指導の改善を図るような指導を受けたことはない。この、校長からの指導というのは、文部科学省の改正ガイドラインでも、「……研修等に関する記録の作成等や資質の向上に関する指導、助言等を早期に、かつ、効果的に行い、指導が不適切である状態に陥らないよう、未然防止・早期対応に努めることが重要である」との記述があり、重要とされているのであるが、そのようなことが全くなされていない。
 条例21条では「校長は、教員の授業その他の教育活動の状況及び当該教育活動に係る保護者からの意見についての学校運営協議会の意見を踏まえ、幼児、児童又は生徒に対する指導が不適切であると認める教員に対し指導を行うとともに、必要に応じ、委員会に対し、教育公務員特例法……第二十五条第一項に規定する指導改善研修その他の指導の改善を図るために必要な措置……を講ずるよう申し出ることができる。」とあるが、ここで、「教員に対し指導を行うとともに」と規定されていることから、指導が必要であるのは自明である。
 また、文科省のガイドライン(9頁)では、なるべく指導が不適切であるとの認定をしないことが前提となっている。
 すなわち、「この指導に課題がある教諭等に対して、学校内又は都道府県・指定都市教育委員会等が設置する教育センター等教員の研修を行う機関(以下「教育センター」という。)において集中的に研修を行ったことにより、「指導が不適切である」教諭等の認定を回避することができたとする教育委員会も多いことから、令和4年改正法を踏まえた研修等に関する記録の作成等や資質の向上に関する指導、助言等を早期に、かつ、効果的に行い、指導が不適切である状態に陥らないよう、未然防止・早期対応に努めることが重要である。」として、指導や研修を尽くしてなお課題がある場合に指導が不適切であるとの認定を行うということが求められている。
 しかし、原告に対する校内での研修は行なわれていない(そのことは当事者間に争いはない)。さらに、手引(乙5)によると作成されるはずの、@校内研修における指導等の記録(様式1−1)、A支援・指導等のメモ(様式1−2)、B該当教員に関する記録(様式1−3)、C授業等の評価<チェックシート>(様式2−1)、D自己評価<チェックシート>(様式2−2)、E観点項目(着眼点)の例示(様式3)のうち、Bを除く資料は作成されていない。
 被告準備書面(1)10頁においては、「様式1−1、様式1−2ならびに様式2−1、様式2−2については、当該教員を指導する際の参考様式として活用を促しているものであり、必ずしも提出や活用を義務付けているわけではない。」と主張する。しかし、手引(乙5)において、様式1−1については、「校長・准校長は、校内指導者から報告を受けた各研修の記録を「校内研修における指導等の記録(様式1−1)」にまとめることで、当該教員の改善状況を確認し、それを踏まえ、研修プログラムや手法の工夫改善に努める。」(同10頁)、「当該教員に対して、今まで指導を行ってきた「校内研修における指導等の記録(様式1−1)」の文書を教頭立会いのもとに示し本人に事実確認をする。」(同13頁)とされており、制度の趣旨を踏まえれば様式の作成は必須であると言える。
 また、同様に、様式1−2については、「経過観察や指導に当たっては、本人に対して課題を的確に伝え、その自覚を促すことが重要である。そのうえで、当該教員の指導力改善のため、校内における指導を行い、その個別の内容を「支援・指導等のメモ(様式1−2)」に記録しておく。」(同8頁)とされており、様式2−1および2−2については、「授業観察を行う場合には、観察者が「授業等の評価<チェックシート>(様式2−1)」により評価することで指導力の改善を図り、また、授業者自らも「自己評価(様式2−2)」により自己評価することで、自己の課題を明確にし、本人の自覚を促すような適切な支援・指導を行う。」(同11頁)とされている。
 このように、これら様式は、「指導が不適切な教員」を認定するにあたり、客観的資料として作成されることが当然のものであるため、被告の主張は失当である。
 校長が、府規則4条に基づく申請書を提出したのは2022年11月19日であり、その以前である11月15日に、府教委が、原告について「指導改善研修」に向けた手続きを進めていたことは被告も認めるところである。
 そもそも、原告に対する「指導改善研修」の手続については、手引(乙5)に全く従わない形で行われているという異常性を指摘しなければならない。手引は、教特法、大阪府立学校条例の改正など法令の変化を踏まえつつ、対応方法をまとめたものであり(乙5・4頁「はじめに」参照)、法令の解釈適用において一律平等公平に行うための指標となるべきものであり、法令そのものではないかもしれないが法令の解釈指標としての規範性を有している。実際、校長や府教委は一般にはこの手引に従った対応を行っているはずである。しかし、原告について手引に従わない形で進めるということは、ひいては、府規則など法令に従わない手続きが行われているということを裏付けるもので、手続違背を裏付けるものである(局面が違うが、実用発電用原子炉の設置変更許可処分について、「地震動審査ガイド」の規定に従った審査が行われていなかった旨をもって審査に過誤欠落があったとして設置変更許可処分を取り消した御庁2020(R2)年12月4日判決裁判所ウェブサイト登載も参照されたい)。
エ また、大阪府教員の資質向上審議会に対する諮問手続については、被告から提出された乙8によると、日付を含め、その内容のほとんどが黒塗りとなっており、被告において手続を適正に行なったという事実が証明できたとは到底言えない。審議会の開催日については、過年度においてはウェブサイトでも公表されており(甲12)、黒塗りにする理由はないものと考えられる。ついては、被告において、乙8の開示範囲について見直した上で内容をできる限り開示されたい。もし、開示がなされないという場合は原告において文書提出命令の申立も検討することになる。

2 原告について「指導が不適切な教員」であるという府教委職員が示した見解が事実誤認、または事実についての評価が誤っていること
(1)はじめに
 前記の通り、そもそも原告について指導改善研修を行うことは法令上許されないものであるが、その上で、府教委教職員人事課職員である栗本氏が原告に対して面談で伝達した、原告について「指導が不適切な教員」であるという根拠となる事実について、その当否を検討する。
 栗本氏は、以下の点について原告に対して指摘しており、研修命令書(甲1)にもその趣旨が記載されている。
・東住吉総合高校における指導自死に関する裁判を巡る「遺族への手紙」に関する問題
・考査問題の内容にかかる問題
・授業観察を踏まえた授業内容についての指摘
・T氏が開設した課題提供サイト・自習指示サイトの問題
・T氏が、生徒に自らの「評価育成シート」を配布したことの問題
 これらの問題は、上記の「指導が不適切な教員」の定義中、A生徒に対する指導方法が不適切、B生徒の心理を理解する能力又は意欲に欠けている、に関する問題であると考えられる。しかし、栗本氏が指摘する問題点は、いずれも事実誤認、あるいは事実に対する評価の誤りがあり、原告について「指導が不適切な教員」であるという大阪府教育委員会職員栗本氏の指摘は当たらないものというべきである。
 以下、栗本氏が示した見解を、事実誤認と評価の誤りに分けて、検討する。

(2)事実誤認について
 東住吉総合高校における指導自死に関する裁判を巡る「遺族への手紙」に関する問題
 この問題は、原告が東住吉総合高校における指導自死を巡る裁判(御庁平成28年(ワ)第3126号事件)にかかる資料を授業で用いて、ご遺族の気持ちに立って、ご遺族に手紙を書くようなつもりで、学習した内容や思ったこと、感じたことなどを書きましょう」という課題を出したことについて、栗本氏は「相手の受け止めや配慮を十分に考えられていないような教材」を使用したものと批判している。この問題は、上記の「指導が不適切な教員」の定義中、A生徒に対する指導方法が不適切、の点に関するものである。
 この点、原告は、実際に自死された方のご遺族に面会しており、ご遺族としては、むしろ、授業においてこの問題を取り扱うことに全面的に好意的なご意見をお持ちであるとのことである。そうであれば、この問題を授業で扱うことについては、相手(すなわちご遺族)の受け止めの点も含めて、十分に配慮されているものと評価出来るのであるから、「相手の受け止めや配慮を十分に考えられていない」との指摘はそもそも事実誤認である。
 考査問題の内容にかかる問題
 この問題は、近時報道された、暗号資産投資詐欺事件で被害を受けた社会人1年生の22歳の女性が、その被害を苦にして自死したことに関する問題を取り扱ったことについて、栗本氏は、内容がセンシティブで不適切であると指摘したとのことである。この問題は、上記の「指導が不適切な教員」の定義中、A生徒に対する指導方法が不適切、あるいはB生徒の心理を理解する能力又は意欲に欠けている、の点に関するものである。
 暗号資産詐欺は、極めて現代的な消費者問題として理解できるところであり、特に、本件教材に用いられた事件は、「ジュビリーエース」と称する暗号資産詐欺に関するものであり、沖縄弁護士会では相談会を実施したりするなど、注目を集めている。なお、原告代理人が把握していますところによると、本年3月23日に、東京地方裁判所において、この「ジュビリーエース」の主犯格に金融商品取引法違反で有罪判決が出されたところでもあり、ある意味最先端の問題である。社会問題をめぐって、人の死が発生することは多々ある。例えば、2015年に発生した大手広告代理店の新入社員の過労自死に代表される過労死の問題は、労働時間の問題の重要性を考える上では貴重な題材である。実際に、厚生労働省の委託事業で、ご遺族の方などを講師とした派遣授業が行われたり、大阪府立高校でも、「全国過労死を考える家族の会」の代表の方の講義を行ったような事例がある。社会問題は残酷な結果を伴うことも多々あるが、そのようなことを授業で取り扱ってはならない、ということであれば、およそ公民科の授業は成立しないし、厳しい現実から目を背けることはあってはならないはずである。
 よって、この点に関する栗本氏の指摘は当を得ない。
 授業観察を踏まえた授業内容についての指摘
 栗本氏は、原告の授業観察を踏まえ、「生徒に考えさせるような発問もほとんどなかった」「主体的対話的で深い学びを実現しようとする姿勢が見られていない」「生徒一人一人への効果的な指導を行う意欲にも課題がある」などという見解を示した。この問題は、上記の「指導が不適切な教員」の定義中、A生徒に対する指導方法が不適切、の点に関するものである。
 しかし、原告は、例えばニュースに関する授業では、朝日中高生新聞を活用して、全員にコメントを作成させた上でランダムに発表させるという方法を取ったとのことであり、その過程で生徒は主体的に考えて学習するであろうし、発表の過程で対話的な内容も含まれるのであるから、栗本氏の見解は畢竟個人的な印象ないし感想の域を出ないのではないか、と考えられる。
 よって、この点に関する栗本氏の指摘も当を得ない。
 生徒の心理を理解する能力又は意欲の欠如の点
 栗本氏からは、原告が、生徒の心理を理解する能力又は意欲が欠けているとの指摘もあった。しかし、原告については、生徒や卒業生から、その授業や指導、生徒理解、人間性などについて肯定的意見が多く出されており、この点に関する栗本氏の指摘も当を得ないものである。例えば、原告は、生徒による授業アンケートにおいて、全項目が学校平均より上である(甲5・資料2参照)。
 学校長からも、昨年度の評価育成シートで「教科指導においては、与えられた教材から問題点を考えたり、主体的に思考をしないと答えまでたどり着けないような教材を準備したり、思考・判断のブロセスを重視した授業を展開した。また生徒に対して親身に接する姿勢で、 生徒の自立自己実現を支援した」との評価を頂いていた(甲5・資料2参照)。

(3)評価の誤り
 原告が開設した課題提供サイト・自習指示サイトの問題
 この問題は、原告が授業において課題を提供したり自習に際しての指示を出すに際して開設したウェブサイトのドメインが「kocho−shine」であったところ、これが、ローマ字読みだと「校長死ね」に読めるという問題である。上記の「指導が不適切な教員」の定義中、A生徒に対する指導方法が不適切、に関する問題であると考えられる。
 この点、「kocho−shine」とは、人気漫画、アニメ「鬼滅の刃」の登場人物である「胡蝶しのぶ」の「胡蝶」と、「輝く」という英単語を繋いだものであり、ローマ字読みについては全く意図したものではない。
 亡くなられた安倍晋三・元首相が、首相時代に開設した政府公式のブログが「SHINE!すべての女性が、輝く日本へ」であったことをも想起すると、大阪府教育委員会の指摘はこじつけの感が否めない。「kocho−shine」は、あくまでも「胡蝶が輝く」という意味であり、評価を誤っている。なお、原告自身も、課題提供サイト・自習指示サイトについて説明した年度当初の自己申告票において、「男女共同参画社会を意識したドメインを付ける」としており、「shine」という英語を用いたのは、安倍晋三氏のブログに倣ったものでもある。
 原告が、生徒に自らの「評価育成シート」を配布したことの問題
 この問題は、原告が、生徒に自らの「評価育成シート」を配布したということで、「指導が不適切な教員」の定義との関係は、おそらく、A生徒に対する指導方法が不適切、の点に関するものになるのだろうか、と考えられる。
 この点、原告本人が配布したものであるという以上、原告自身の個人情報ですので本人が配布することについて何ら問題はない。この点を「指導が不適切な教員」との関係で問題と評価することの理由はおよそ考えられない。
 原告は、過去に授業の技能について高い評価を受けてきたこと
 本件研修命令の発出にあたって、原告は「授業」についての課題があるともされている。
 授業は大きく分ければ「技能」と「内容」についての観点が考えられるが、技能についてはこれまで一度も校長から指摘を受けたことが無く、過去には大阪府の代表として消費者教育モデル授業を担当しているなど、外部的な評価も高い。
(ア)校長の授業見学に際してのコメント
 令和2年度に校長が授業見学(1年生:地理A)に来た際のコメントは、全面的に原告の授業を肯定する内容となっている。校長はこれまで一貫して「技能」については否定的コメントを出していなかった。
(イ)原告が、XXXに関連してモデル授業を担当したこと
 原告は、XXXが実施したXXXの推進に関連して、2年連続でモデル授業を実施し、その結果が事例集に掲載されていた。このことから考えても、原告について「指導が不適切」であるとの評価がおよそ当を得ないものであることは明らかである。
 過去に原告が受講した法定研修においても、「指導が不適切である」「他の教員との連携に課題がある」などと言った評価は一切うけてこなかったこと
 教育公務員特例法で定められる、いわゆる「法定研修」は、@初任者研修(23条)A中堅教諭等資質向上研修(24条)B指導改善研修(25条)である。
 原告は、2021年度に中堅教諭等資質向上研修を受け、その際の学校長の評価においても、「指導が不適切である」「他の教員との連携に課題がある」などといった評価は全くうけていない。
 校長が作成した「人物に関する証明書」における評価
 2021年度に、原告は数学の教員免許を取得したが、その際に、校長が作成した「人物に関する証明書」というものがある。このときの校長の評価も、「指導力:生徒に対して親身になる姿勢があり、生徒の自己実現を支援している。/研究心:思考・判断のプロセスを重視した教材の開発など、研究心は旺盛である。」とされている。

(4)小括
 以上より、原告について「指導が不適切な教員」であるという事に関連して大阪府教育委員会職員が示した見解は、いずれも、事実誤認、または事実についての評価が誤っていることに帰するため、原告について「指導が不適切な教員」であるとの評価は当を得ない。

3 他事考慮の問題
 加えて、本件では、そもそも本件研修命令に他事考慮の問題があるものと考えられる。
(1)被告は、別件取消訴訟において、原告が、勤務校に在籍しながら、被告に対し、令和2年4月から同年(ママ。令和4年の誤りであろう)10月までに約200件の行政文書公開請求を行ってきている旨を指摘し、原告が勤務校において組織の一員として協働できるような状況ではなかった。としている。
 原告が、被告に対して行政文書公開請求を行ったのはその通りである(なお、開示文書については原告が設置した教材配布用ウェブサイトに掲載されているものである)。しかし、情報公開を求める権利は憲法上の「知る権利」にもかかわる重要な市民的権利である(大阪府情報公開条例も、前文で「情報の公開は、府民の府政への信頼を確保し、生活の向上をめざす基礎的な条件であり、民主主義の活性化のために不可欠なものである。/府が保有する情報は、本来は府民のものであり、これを共有することにより、府民の生活
と人権を守り、豊かな地域社会の形成に役立てるべきものであって、府は、その諸活動を府民に説明する責務が全うされるようにすることを求められている。/このような精神のもとに、府の保有する情報は公開を原則とし、個人のプライバシーに関する情報は最大限に保護しつつ、行政文書等の公開を求める権利を明らかにし、併せて府が自ら進んで情報の公開を推進することにより、「知る権利」の保障と個人の尊厳の確保に資するとともに、地方自治の健全な発展に寄与するため、この条例を制定する」と規定する)。原告が行った行政文書公開請求は原告の市民的権利の行使に他ならず、原告の指導力とは全く関係がない事柄である。従って、このことを「指導改善研修」の理由にするのは他事考慮に他ならないし、校内研修を行わないことの理由にするのも当を得ない(なお、教員は市民が一般に享受している市民としてのすべての権利を行使する自由を有するとするユネスコ教員の地位に関する勧告パラグラフ80にも留意されたい)。
 百歩譲って原告の情報公開請求が原因で、校長による校内での指導ができないのであれば、文科省のガイドラインに従って、教育委員会が校長と連携して校内研修を実施することもできたのであり、結局のところ、校内研修ができなかった根拠にはならない。
(2)本件研修命令が他事考慮に基づくものであるとともに、公益通報に基づく不利益取扱いにも該当すること
 先に述べたとおり、被告は、原告が勤務校に在籍しながら、被告に対し約200件の行政文書公開請求を行ってきている旨を問題視するような主張を行っている。
 原告はこれまで、正しい教育行政のありかたを模索し、勤務校や大阪府教育委員会における非違行為・違法行為を糺すような行動をしてきた経緯がある。
 具体的には、以下のような行動を行ってきた。
@前任校の入試における採点ミスについての公益通報
A前任校の校長・教頭らからのパワハラ等による損害賠償請求を求める民事訴訟
B前任校の教頭の虚偽説明によるPTA強制入会事案について、支払を強要されたPTA会費の返還を求める民事訴訟(裁判上で和解済み)
C前任校の校長および教育委員会らからの不当なハラスメントによる異動についての審査請求
D現任校の必履修科目「現代社会」における履修漏れについての公益通報さらに最近では、現任校の元教頭が、生徒に返金すべき検定受験料のうち、総額10万円以上を横領していた可能性のある事実を同僚教員から聞き、それについて校長を問いただしたり、情報公開請求を実施したり、住民監査請求を実施するなど、生徒の目線や府民の目線に立って、正しい教育行政に近づくように努力している。
 なお、この元教頭による横領疑惑については、同僚教員と協力してその追及を行ない、住民監査請求をするなどしており、被告の「原告が勤務校において組織の一員として協働できるような状況ではなかった。」の指摘も失当である。
 これまで述べてきたような客観的な事実に基づけば、そもそも原告の教育活動は、教員評価支援チームが指摘するような「生徒の心理を理解しない」「教員としての資質能力に課題がある」といったものではないし、そもそも校長はそうした事実を指摘せず、指導もないのに、法令や手引等に基づかず超法規的に「指導が不適切な教員」として認定された経緯に鑑みれば、本件研修命令は何らかの別の意図があるものであると推定せざるを得ない。すなわち、これまで原告が実施してきた公益通報などについての不利益な取扱いであると考えられ、本件研修命令が他事考慮によって発出されたものであると言わざるを得ない。
 公益通報者保護法5条には、「公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して、降格、減給、退職金の不支給その他不利益な取扱いをしてはならない。」と定めているところ、本件研修命令により指導改善研修を実施し、本来の職務に就かせないように研修させ、指導力不足教員として評価することにより原告の昇給を抑制せしめようとする意図や、あわよくば分限免職に導こうとする恣意的な意思が感じられ、かつその蓋然性が高いものであるから、当然これは公益通報者保護法にも違反する。

4 結論
 以上より、原告について指導改善研修等を講ずる理由は形式的にも実質的にもないことに帰するので、被告の処分行政庁大阪府教育委員会が原告に対して発出した指導改善研修の職務命令は行政処分として違法であることに帰する。

第5 原告に対する本件研修命令の発令により被告が国賠法上の賠償義務を負担する事

1 国家賠償法1条1項の要件
 国家賠償法1条1項によれば、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定する。
 すなわち、国家賠償法1条1項の賠償責任が発生するためには、@公務員性、A職務性、B故意または過失、C違法性、D損害の発生、E因果関係が必要であ
る。
2 本件において被告が国賠法上の損害賠償義務を負担すること
(1)違法な本件研修命令の発出に基づく損害
 本件研修命令は原告に対する任命権者である被告の行政庁大阪府教育委員会が、職務命令として発出したものであるから、@Aの要件は問題なく認められ、BCDEの要件が問題になる。以下、要件のうちまずC、次いでBについて検討する。
 違法性について
 前記の通り、本件研修命令は、行政処分として違法である。そうであれば、被告は、原告に対して本来は応じるべき謂れのない研修を職務命令の形で強いていることになる。このことは、原告に対して義務なきことを強いるものであるから、違法性は免れない。
 故意または過失
 この要件は、換言すると、被告に注意義務が存在することと、その注意義務に違反したことということである。被告は、行政機関として、法令に基づいて適正に行政行為を行う必要がある。しかるに、本件では、原告において本件研修を受ける謂れのないことについて意見書の形式で詳細に論じ、そのことを被告としても認識していたにもかかわらず、違法な行政処分である本件職務命令を発したのであるから、法令に基づいて適正に行政行為を行う義務に違反したものと評価せざるを得ない。
(2)本件研修命令の発出が、いわゆるパワーハラスメントに該当すること
 前述の通り、本件研修命令の背景には、原告がこれまで実施してきた公益通報に対する不利益取扱いとの側面があり、法令や手引等に基づかず超法規的に「指導が不適切な教員」として認定され、本件研修命令を受けたものである。そのことから、本件研修命令はいわゆるパワーハラスメントに該当するものと言わざるを得ない。以下詳述する。
 パワーハラスメントとは、@優越的な関係を背景とした言動であって、A業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、B労働者の就業環境が害されるものをいう。
 パワーハラスメントの例示としては、以下の6つの行為類型があるとされている。その類型は、a身体的な攻撃、b精神的な攻撃、c人間関係からの切り離し、d過大な要求、e過小な要求、f個の侵害である。
 本件研修命令について、前記が3要件に該当することについて述べる。
(ア)優越的な関係を背景とした言動であること
 本件研修命令は、任命権者である被告の行政庁大阪府教育委員会が原告に対して発出したものであり、優越的な地位を背景にしたものである。
(イ)業務上必要かつ相当な範囲を超えていること
 本件研修命令は、前記第4の通り違法であり、業務上の必要性相当性は認められる余地がない。
(ウ)原告の就業環境が害されること
 本件研修命令は、まず、原告の勤務地を勤務校から教育センターに変更するものであり、人間関係からの切り離しに該当するものと言える。
 また、本件研修命令は、原告について故なく「指導が不適切な教員」として認定するものであり、精神的な攻撃に該当する。
 さらに、本件研修命令は、原告について勤務校での授業実施ではなく研修を行わせるものであり、過小な要求にも該当する。
 加えて、本件研修命令は原告がこれまで実施してきた公益通報に対する不利益取扱いであることから、個の侵害にも該当する。
 そして、パワーハラスメントはおよそ許されないのであり、国賠法上の違法性、注意義務違反は優に認められる。

3 損害の発生と数額
(1)本件研修命令によって疾病が増悪したことにより休職に追い込まれたこと
 原告は、本件研修命令によって疾病が増悪し、そのことにより以下の損害を受けた。
 休職による給与減殺分
 原告が休職に追い込まれたことにより、本件提訴段階で以下の金額の給与が減殺されている。
 3月分 6万7752円
 4月分 9万2510円
 5月分 9万2510円
 医療費
 原告は、本件研修命令によって疾病が増悪したことによって通院投薬を受けており、その金額は本件提訴段階で別紙3医療費内訳の通りであり、その金額は合計で6万2520円である。
(2)将来の給与額低下
 原告は、休職に追い込まれたことによる昇給抑制(2号分)と、本件研修命令が出たことによる人事評価の低下(2号分)が合わさって、昇給が4号分抑制、すなわち昇給が停止されたことにより、将来にわたって給与額が低下することになる。その額は別紙各月給与差額一覧の通りであり、合計金額は173万9808円(原告が65歳まで勤務した場合)である(なお、公務員の定年延長によって、定年が段階的に65歳になり、61歳以降の給与はそれ以前の7割程度の水準になる)。
(3)慰謝料
 本件で原告が行政処分としても違法であり、かつパワーハラスメントにも該当する本件研修命令を受けたことにより、原告は精神的な衝撃を受けた。
 そのことによる損害を金銭に換算することは困難であるが、金200万円を下回らない。
(4)弁護士費用
 本件で、原告は弁護士に依頼することを余儀なくされたが、そのことによる弁護士費用は金40万円を下回らない。

第7 結語
 よって、原告は、国家賠償法1条1項に基づき、@休職による給与減殺分、医療費、慰謝料、弁護士費用として金231万5292円としておよびそれに対する訴状送達の日の翌日から支払い済みまで年3パーセントの割合による金銭の、A将来の減給分として、原告が被告を退職する日または西暦2052年3月末日のうち先に到達する日まで、別紙各月給与差額一覧の「年月」欄に記載の各月末日限り、「差額」欄に記載の金額およびそれらに対する「年月」欄に記載の各月末日の翌日から支払い済みまで年3パーセント(「年月」欄に記載の各月末日において民法404条3項に基づき法定利率が民法404条2項所定の利率から変動している場合は、その変動した利率)の割合による金銭の支払いを求める。

第8 併合の上申
本件訴訟は、御庁第5民事部に係属している御庁令和4年(行ウ)第174号処分取消請求事件と事実関係、争点が共通しているので、併合されたい。

以上